構想だけで、どこまで進んでいいのか(2025年6月18日発行)
2025/06/18チームがまだ「存在しなかったころ」の話を少しだけさせてください。
あのとき僕たちは、選手もいなければ、練習場所も決まっていない。
言ってしまえば「何もなかった」と言える状態でした。
ただ、それは計画というよりもまだ手触りのない「構想」に近いものでした。
クラブを創る。
女子フットサルという競技で。
比布町(と旭川・道北)を拠点にして。
その構想は、静かに、でも確かに、
少しずつ輪郭を帯びていきました。
「構想」には社会的な効力がない
とはいえ構想だけでは、社会に対して何の効力も持ちません。
地域に存在する団体と名乗るためには、所在地が必要で、法人格が必要で、事業内容が必要です。
補助金を申請するにも、融資を受けるにも、事業計画書が要ります。
僕たちは、そのすべてを「まだ選手がいない段階のまま」書き進めました。
「選手がいないクラブの事業計画書」を書き、
「誰がプレーするか分からないチームの年間スケジュール」を引き、
法人を設立し、旧蘭留小学校の利活用協定を結び、
資金計画を立て、創業補助金を獲得しました。
存在しないクラブの“未来の形”だけを頼りに。
クラブが存在しないまま、クラウドファンディングに踏み切った
「クラブがまだ無いのに、支援を募る」という判断も、その延長線上にありました。
地域での認知も、競技での実績もない状態で、支援をお願いする。
「信頼を得てから」ではなく、
「関係性を先に結んでみる」ことを選んだ挑戦でした。
それが正しかったのかどうかは、今も分かりません。
ただ、当時の僕たちはこう思っていました。
構想だけで進んでいい。
まだ何もないからこそ、進まなければいけない。
進まなければ、構想なんて何の意味もない。
迷いは常にあった
もちろん迷いがなかったわけではありません。
構想だけを握りしめて進むとき、背中にはいつもいくつかの声がまとわりつきます。
「自己満足では?」
「人を巻き込む責任が足りないのでは?」
「もっと確かなものができてから動くべきじゃないか?」
その声と折り合いをつけながら、
それでも「クラブの未来」を信じる日々を続けました。
進んだからこそ見えてきた現在地
この判断でよかったのか。
まだ分かりません。
でも、あのとき「進む」と決めたからこそ、
今、僕たちは旧蘭留小学校で、選手たちとフットサルをしています。
構想だけだった場所に、ようやく実態が追いついてきた。
そんな日々が始まっています。
※本稿は、メールマガジン「この判断で、よかったか?女子フットサルクラブの『経営』と『感情』の実録」の記事をWOELFE PACKメンバー向けに再編集したものです