おまつりと興行(2025年8月27日発行)
2025/08/27夏になると、各地でおまつりが開かれます。
町内会が中心となるものもあれば、観光資源として磨かれたものもある。
かたちはさまざまですが、夏の空気とともに「人が集まる」という営みが、毎年繰り返される季節です。
この夏、僕自身も比布町のおまつりを手伝い、旭川で行われたいくつかのイベントに足を運びました。
その一方で、ヴォルフェ北海道としては、今年は自分たち主催のおまつりを開く予定は立てていません。
雪が積もる頃に、こじんまりとしたかたちでできたら──そんな思いは、いまもどこかに残っています。
「平凡で、尊い」という感覚
おまつりを手伝いながら、何より強く感じたのは、その「尊さ」でした。
人が自然に集まり、笑顔を交わす。
運営する人たちは、収益のためというよりも、「奉仕」に近い気持ちで動いている。
そこには、資本主義の物差しだけでは測れない、歴史やつながりが確かに流れているように感じました。
もちろん、冷静に見れば「平凡」だと感じる部分もあります。
特別な仕掛けがあるわけでもなく、派手な華やかさがあるわけでもない。
商業イベントのように明確な差別化や、わかりやすい収益構造があるわけでもありません。
だからこそ、人口が減り、担い手が限られていく地域において、続けていくことの難しさも現実として迫ってきます。
それでも、続いている。
誰かが奉仕し、誰かが集まり、誰かが楽しむ。
その繰り返しの中に、「平凡で、尊い」ものがある。
この相反する感覚が、強く心に残りました。
フットサルクラブとしての「おまつり」を考える
そして、考えたのは「フットサルクラブとしてのおまつり」です。
もし、地域のおまつりとホームゲームが同じ日に重なったら、どうするのか。
理想を言えば、どちらも大事にしたい。
けれど現実には、どちらかを優先せざるを得ない場面が訪れるかもしれません。
実際に今年は、比布町の夏まつりの日に女子Fリーグの試合が組まれていました。
地域とリーグ、クラブ、そして協会。
それぞれの立場のあいだで、丁寧で濃いコミュニケーションを重ねていくこと。
両立を目指すなら、それが欠かせないと強く感じました。
いずれそのときが訪れたとしても、簡単に諦めたくはない。
少し気が早いかもしれませんが、そんなことを考えました。
「興行」としての覚悟
フットサルクラブは、興行主でもあります。
試合やイベントに足を運んでもらい、対価をいただくことで存在が成り立っている。
選ばれ続けることが前提であり、「来てよかった」と思ってもらえる体験を提供し続けなければなりません。
このプレッシャーは、地域のおまつりとは、また違う性質のものだと思います。
おまつりは「歴史」と「文化」によって支えられている。
一方でクラブは、「質」と「責任」によってしか支えることができない。
もちろん、いずれはクラブも「歴史」や「文化」によって支えられる存在になりたい。
けれど、それは一足飛びには得られません。
時間を積み重ねることでしか、実現できないものです。
だからこそ、もし地域のおまつりとホームゲームが重なった日に「ホームゲームへ来てください」と呼びかけるのなら、その言葉には覚悟が必要になる。
来てくれた人に後悔をさせないこと。
地域の文化に向き合えるだけの質を提供すること。
その重みを、クラブとして引き受けなければならない。
まだ答えの途中にいる
地域のおまつりは、本当に尊い。
その尊さを踏まえたうえで、クラブとして「興行の覚悟」を持ち続けること。
もし両者が重なったとき、質と覚悟をもって立ち向かうこと。
それが、クラブ経営におけるひとつの「判断」なのだと思います。
「おまつり」と「興行」。
どちらも大事だけれど、同じ土俵にはありません。
だからこそ、その違いを認めながら、どう折り合いをつけるのか。
僕たちは、まだその答えを探している途中です。
※本稿は、メールマガジン「この判断で、よかったか?女子フットサルクラブの『経営』と『感情』の実録」の記事を、WOELFE PACKメンバー向けに再編集したものです