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意味に寄りすぎず、財務に寄りすぎず(2025年10月8日発行)

最近、ある言葉が残りました。

「意味価値にふりすぎて財務価値がゼロになったら、組織は崩壊する」。

当たり前の確認に見えるかもしれません。けれど、いまの僕たちの足元に、そのまま置ける指摘だと受け止めました。

だから今日は、ヴォルフェ北海道の取り組みを、少し点検してみます。


意味を志向しやすい領域で、続けること

僕たちの活動は、「意味」を志向しやすい領域にあります。

スポーツ×アート×地域。関係が生まれ、物語が紡がれる。その価値を信じています。

一方で、運営は現金の流れでしか続きません。

人件費、制作費、会場費、配送費。月次の支払いは待ってくれない。

「良いことをしている」だけでは回らず、「回すこと」だけを目的にした瞬間に空洞化も起こる。

だから僕は、企画や価格、告知や販売の設計を、「意味」と「財務」の往復として見ています。

意味に寄りすぎれば続かず、財務に寄りすぎれば誰も残らない。

この往復を前提に、毎月の収支と、日々の判断を並べていく。そんな感覚です。


「日常へ」を形にするとき、すぐに出てくる壁

たとえば、直近のアートコラボの設計の話です。

NoMaps2025で掲げた「展示で終わらせず、日常へ」というテーマ。その具体化として取り組んだのが、コラボレーションパーカーでした。

選ばれた作品を布地にのせ、「纏う」という日常の体験へ変換する。

「スポーツ×アート」という挑戦を、誰かの暮らしにまで届かせたい。そこに“意味”を置きました。

けれど、実際に形にすると、すぐに財務の壁にぶつかります。

製造原価、プラットフォームの手数料、配送や梱包のコスト。

売上の一部を制作者に還元する仕組みを組み込めば、クラブに残る利益は一着あたり数百円。

これで本当に続けられるのか。何度も計算表を見直しました。


利益を最大化しない、という判断

価格を上げれば利益は出る。

でも高すぎれば、応援や共感の輪は狭まる。

意味と財務の間で、判断は揺れ続けます。

最終的に僕たちは、“買う=応援になる”というメッセージを前面に出すことを選びました。

利益を大きくすることより、関わる人の裾野を広げ、そこから次の意味が生まれる循環を優先したつもりです。

ただ、それがどう伝わるのか。あるいは、伝わらないのか。

正直、確信はありません。


循環を壊さないための設計

「意味」と「財務」。

どちらかを優先するのではなく、両者をどう循環させるか。その設計こそが、僕にとっての経営の核心です。

僕たちの事業は、次のような流れを前提にしています。

意味 → 共感 → 参加 → 財務 → 再投資 → 次の意味

たとえば今回のパーカーでいえば、「展示で終わらせず日常へ」という意味を込める。

そこに共感が生まれ、誰かが購入や発信というかたちで参加する。

得られた財務価値の一部をクリエーターに還元し、残りを次の企画に投じる。

その積み重ねが、新たな意味を育てていく。

この循環を壊さないこと。

そのために、価格や期間、告知の表現までを含めて設計する。

そう考えて仕組みを組んでみたつもりですが、良い仕組みにできているかどうかは、まだ確かめている途中です。


揺れながら、両方に立ち返る

目の前の収支を前に、「やはり意味だけを追うのは甘いのではないか」と問い返してしまう瞬間があります。

逆に、「財務はあとからついてくる」と自分に言い聞かせてしまう朝もある。

そのどちらも危うさを含んでいることはわかっているのに、揺れは避けられません。

そんなときに思い浮かべるのは、購入してくれた人、展示で立ち止まってくれた人、問いを共有してくれた人。

そのひとりひとりの存在が、僕を「意味」と「財務」の両方に立ち返らせてくれます。

経営とは、こうした揺れを抱えながら歩き続ける営みなのかもしれません。

意味に偏れば、持続はできない。財務だけに寄れば、空洞が広がる。

どちらも正しく、どちらも危うい。

だからこそ、僕たちは「循環をどうつくるか」という問いの前に立ち続けています。

それは一度答えを出せば終わるものではなく、毎日の判断の中で何度も確かめ直すものです。

あなたの現場では、どんな循環が描かれていますか。

※本稿は、メールマガジン「この判断で、よかったか?女子フットサルクラブの『経営』と『感情』の実録」の記事を、WOELFE PACKメンバー向けに再編集したものです