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GLOUND ATAMI(2025年10月29日発行)

熱海で開催されていたアートイベント「GLOUND ATAMI」を訪れました。
きっかけは、#c7ギャラリーが展示に参加していたことでした。

今回はヴォルフェとしてではなく、ひとりの鑑賞者として足を運びました。
どんな人たちが、どんな場所で、どんな時間を紡いでいるのか。
それを静かに見てみたかったのです。


旧つたやという空間

会場は、築七十年の妓楼建築「旧つたや」。
昼間の熱海とはまったく違う空気が流れ、静かな熱を帯びた場所でした。

外壁には時間の色が残り、階段はわずかに軋み、浴場のタイルには欠けがある。
そのすべてが、過ぎてきた年月を語っていました。

今回の展示では、その建物全体を舞台に五組のアーティストが作品を置いていました。
建物と対話するように、場所の記憶と向き合うように。

そこにあったのは、「再生」と「記録」のあいだを慎重にたどる姿勢でした。


触れるということ

最も長く足が止まったのは、小林絵里佳さんの作品でした。
古い浴室をそのまま展示しているように見える空間です。

しかし、カビのように見える模様は石鹸で塗り込まれたものでした。
中央の白い四角も、よく見ると大きな石鹸でした。

それは過去を洗い流すようでもあり、すくい上げるようでもある。
やわらかさと痛みが、同時にそこにありました。

小林さんの言葉はとても穏やかでした。
その奥に、「触れる」という行為をもう一度信じたいという願いがあるように感じました。

守ることではなく、尊厳に静かに立ち会うこと。
その姿勢が、空間全体ににじんでいました。


記憶に触れる

#c7ギャラリーの映像作品も印象に残りました。
AIで生成された“架空の熱海の伝承”をテーマにした作品です。

現実と記憶、デジタルと身体のあいだを行き来するような感覚がありました。
小林さんの作品が「触れる」ことを問い直していたとすれば、こちらは「記憶に触れる」方法を探しているようでした。

どちらの作品も、過去を消すのではなく、そのまま抱えながら次の時間へ進もうとしている。


スポーツとの重なり

僕たちがスポーツでつくりたいものも、どこか同じ構造の中にある気がしました。
勝敗や記録のように目に見えるものではなく、人と人のあいだに生まれる見えにくい関係の輪郭。

フットサルを通して何ができるのか、何を残せるのか。
その問いを、日々の練習や企画のなかで繰り返しています。

“癒し”や“尊重”は決して受け身ではない。
そこには触れる勇気と、距離を測り直す痛みがあります。

その感覚は、チームを運営するときの感覚と、どこか重なっています。


問いの途中に立つ

GLOUND ATAMIの会場にあったのは、完成された答えではなく、問いの途中にいる人たちの姿でした。

それはヴォルフェの毎日にも似ています。
結果や正解を急がず、いま立っている場所から問いを続けていく。

判断は一度きりかもしれません。
でも立ち会い続ける姿勢があれば、その判断は少しずつ正解に近づいていくのかもしれません。


※本稿は、メールマガジン「この判断で、よかったか?女子フットサルクラブの『経営』と『感情』の実録」の記事を、WOELFE PACKメンバー向けに再編集したものです。