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答えの前で立ち止まる(2025年11月12日発行)

先日、渋谷で一人の若者とご飯を食べました。ヴォレアスの時代に一緒に事業を立ち上げた仲間です。

山頭火のカウンターに並び、湯気の向こうで久しぶりに顔を合わせました。彼がこのタイミングで連絡をくれたことに、どんな意味があるのだろう。近況を聞くのが、どこか楽しみでもありました。

お互いにヴォレアスを離れ、それぞれの場所で動いています。
彼はいま、別の現場で新しい挑戦をしているようでした。


聴くつもりで、話していた

話題は近況から始まり、やがてチームのこと、ゴールのことへと移っていきました。
ナレッジをどう積み上げていくか。学びをどこに残していくか。

立場は変わっても、問いの向きはどこか似ている。そんな感覚がありました。

その夜、僕の役割は“聴くこと”のはずでした。彼が置かれている環境や、感じている違和感を受け取るつもりでいたのです。

けれど、気づけば僕のほうが多くを話していました。言葉を重ねるうちに、自分の過去の経験や考え方が次々と口をついて出てくる。

彼の言葉を整理しようとしていたのか。
それとも、自分の中で消化しきれていない何かを確かめたかったのか。

“聴く”という行為は、思っているよりも難しいのだと感じました。


保留する力

目の前に差し出された言葉を理解しようとするあまり、すぐに意味づけをしてしまう。「わかる」と受け止めることが、かえってその人の言葉の行き先を狭めてしまうこともある。

この夜、足りなかったのは沈黙ではなく、保留でした。

話をわかったふうに整えず、少し時間を置いて受け取る力。その“待ち”の部分が、僕にはまだ足りないのだと思います。

日々、学びです。


理由を決めない

人から連絡をもらうタイミングには、たいてい何かしらの理由があります。

けれど、その理由を推測した瞬間に、対話の入口は少し狭くなるようにも感じます。

この夜の彼からの連絡も、いくつもの理由で説明できるでしょう。
でも、どれも「たぶんそう」以上の確かさはありません。

だからこそ、「呼ばれた」とだけ受け取り、そのまま場に向かう。
それが僕にできる最初の応答だったのだと思います。

聴くとは、ただ耳を傾けることではなく、相手の言葉を保留できること。
意味づけや評価の前に、「これはまだ途中だ」と仮置きする余白を持つこと。


型と基準

話のなかで出てきた「チーム」や「ゴール」という言葉も、あらためて考えました。

チームは、ただの人の集まりではなく、誰かが去っても反復できる“型”のようなもの。
ゴールは、達成の瞬間に終わる点ではなく、状況に応じて更新され続ける“仮の基準”のようなもの。

立場は変わっても、そうした型や基準に対する感度は不思議と共通している。
再会の会話は、一度中断していた思考の続きをそっと再開するような時間でした。


答えより、余白を

具体的な助言や答えではなく、その人の中に考え続けるきっかけを残せたかどうか。

はっきりした答えはありません。もしかすると、僕の言葉が彼の思考を一瞬止めてしまったかもしれない。

それでも、再会の場が生まれたこと自体に小さな意味があったように感じています。

もしまた誰かから連絡をもらったら、その人の言葉をすぐにわかった気にならない自分でいたい。すぐに整理せず、すぐに答えを出さず。

対話のあとに残したいのは、答えではなく、その人の中でゆっくり芽を出す“余白”なのかもしれません。


※本稿は、メールマガジン「この判断で、よかったか?女子フットサルクラブの『経営』と『感情』の実録」の記事を、WOELFE PACKメンバー向けに再編集したものです。