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文化と価値観の交差点 by 浅井 大輔

日常のワンシーン

朝、玄関のドアに手を伸ばしたとき、
袖のあたりで小さな色が動いた気がしました。

赤でも青でもなく、
はっきりした色なのに、輪郭がどこかゆらいでいる線。
歩き出すたびに、服の上の色たちが
わずかに重なり、離れ、また交わっていきます。

特別な予定があるわけでもない日。
ただ、いつも通りの道を歩いているだけなのに、
ふと、街角の風景がいつもより賑やかに見える瞬間があります。

人の声、信号の響き、誰かの靴音。
そのすべてが、目の前の色の線と同じように、
交差してはほどけ、また別の流れをつくっていく。

そんな風に感じられる日は、
自分の内側でも、小さな文化が静かに生まれ直しているのかもしれません。


作品の輪郭

白い余白の上を、色の矢印が縦横に走っています。
ひとつひとつがはっきりとした色なのに、
重なり合うと、まったく別の表情をつくる。
その変化の仕方が、とても浅井さんらしいと感じます。

浅井さんは、ヴォルフェ北海道のロゴを生んだデザイナーでもあります。
あのロゴの中心にあったのは、
“文化をつくり、文化に育てられるクラブ” という考え方でした。

今回の作品は、その思想をさらに開いたかたちのように見えます。
カラフルなラインは、
スポーツや生活、地域、価値観、年代、背景……
さまざまなものが行き交う「交差点」の象徴。

浅井さんのコメントには、
交わることの楽しさや、そこから生まれるドキドキ感が
はっきりと書かれていました。

だからなのか、
この作品の線はどれも“止まっていない”ように見えます。
静止画であるにもかかわらず、
未来の方向へ少しずつ伸びていくような、
そんな速度を帯びている。

文化や価値観は、固定されたものではない。
動き続けてこそ、新しい交差点が生まれる。
その浅井さんのまなざしが、
色と線の重なりの奥に、確かに宿っていました。


この作品がつくった時間

札幌の中心を通るあの道路は、
イベントの日だけ、車の流れが止まり、
人だけの風景に変わっていました。

歩道から続くまっすぐな道の中央に、
ストリートフットボール用のケージが置かれ、
その外側を囲むように、応募作品のパネルが帯状に並んでいました。
浅井さんの「文化と価値観の交差点」もその一つとして、
白い地面の上で鮮やかな色を広げていました。

街を行き交う人の動きと、
作品の中を走るカラフルな線が重なる瞬間があります。
信号が変わるたびに向きの違う流れが生まれ、
買い物袋をさげた人、観光中の家族、
ケージの中をのぞき込む子どもたち——
それぞれの動きが、作品の上を通り過ぎていくように見える時間でした。

ケージでは、選手たちがユニフォーム姿で立っていました。
試合の緊張感とはまったく違う、
開かれた場所での「存在の仕方」です。
その姿もまた、浅井さんの作品に描かれた線と同じように、
街の流れの中で、別の文化と静かに交差していました。

どこか騒がしくて、どこか穏やかな日常の中心に、
この作品がひとつの“交差点”として置かれていた。
その場に立ち会った時間は、
作品がただ展示されたのではなく、
街に小さな動きを生んでいたことを確かに教えてくれました。


なぜこの作品を“日常へ歩ませる”と決めたのか

応募いただいた 23 点の作品を前にしたとき、
「すべてを日常へ届けられたら」という思いは、最後まで消えませんでした。
それでも、現実には 9 点だけを選ばなければならない。
その判断には、どうしても痛みが伴います。

浅井さんの作品がその 9 点の中に静かに並んだのは、
特別扱いをしたからではありません。
“正解に近い”と判断したわけでもありません。

ただ、この作品を前にしたとき、
ヴォルフェがこれから向き合わなければならない問いと、
色と線が生み出す「交差点の動き」が、
どこか同じ方向を向いているように思えました。

浅井さんは、クラブのロゴを生み出したデザイナーでもあります。
あのロゴに込められた「文化を醸成する」という意志は、
クラブが最初に選び取った“根”の部分でした。

その浅井さんが、
今度はロゴの思想をいったん解き放ち、
まったく別のかたちで再び描いてくれた。
固定された象徴ではなく、
動き続ける文化としてのロゴを、
線と色で再構築したような作品でした。

文化は、ひとつの形のままでは続かない。
交わり、変化し、受け継がれながら、
別の地点へ移っていくものです。

浅井さんの作品は、
その“動き続ける文化”の在り方を
もっとも鮮やかに示していました。

だからこそこの作品を、
展示の枠にとどめず、
日常という別の地平へ歩ませたいと思いました。

色が重なり合うように、
文化もまた誰かの生活の中で重なり、
新しい価値観へと静かに更新されていく。

その道すじを、この作品とともに見届けたい。
その思いが、最後の決断を支えていました。


終わりじゃない消費

手に取った瞬間が、終わりではありません。
むしろ、そのときにようやく、小さなはじまりが生まれます。

カラフルな線が日常の中に入り込むということは、
文化や価値観の交差が、
自分の生活にもそっと持ち込まれるということです。

浅井さんが描いた「動き続ける交差点」は、
まちなかの展示を経て、
今度は誰かの部屋や街路や通勤路へと移っていく。
その移動のたびに、
線の重なり方も、受け取る人の解釈も、
すこしずつ姿を変えていきます。

ヴォルフェ北海道が考える「消費」は、
そこで役割を終えるものではありません。
作品を纏うことが、
つぎの表現を生むための呼吸になり、
制作した人へも、小さく確かな循環として返っていく。

文化が生まれるのは、
いつだって“交わる”瞬間です。
作品と日常が重なる時間もまた、
そのひとつの交差点なのだと思います。

浅井さんの作品が
誰かの生活の中にそっと置かれたとき、
その色と線は、また別の文化の芽を
静かに押し出していくかもしれません。

その未来を信じながら、
わたしたちはこの一枚を送り出します。


作品名:文化と価値観の交差点
作者名:浅井 大輔

ヴォルフェ北海道はフットサルクラブという顔だけではなく文化の醸成も目指したクラブです。そういった理念をもつクラブのロゴをモチーフとしたカラフルなラインは、様々な文化・価値観を表し、それらが縦横無尽に交差し重なり合うことで新たな文化・価値観が生まれていくイメージを表現しました。この交差点は常に動き続け、今後の未来にも新たな交差点が様々な場所で出現し、その瞬間にまた新しい文化・価値観が生まれていきます。交わることの大切さや楽しさやドキドキ感を、新しい文化・価値観が生まれる瞬間のダイナミックさをイメージし、制作しました。