線の対位法 by 草間縄文
2025/12/01日常のワンシーン
朝、机の上に置いたノートの端に、一本の細い影が落ちていました。
手を動かすたびにその影は、わずかに伸びたり、途切れたり、
自分の呼吸よりも静かな速さでかたちを変えていきます。
はっきりとした意味はないのに、
その揺れ方の奥に、どこまでが自分で、どこからが世界なのか——
そんな境界の線をふと思い出す瞬間があります。
大きな予定があるわけでもない日。
影の細かな揺れを目で追っていると、
自分の中のリズムが、いつもより半拍だけずれる気がしました。
その半拍の隙間に、まだ言葉にならない何かが
静かに横たわっているように思えたのです。
作品の輪郭
横長に連なる三つの画面を前に立つと、まず目に入るのは金色の線でした。
それはコートの境界であり、競技という枠組みそのものを象る光でもあります。
その手前を、墨の軌跡がいくつも横切っていきます。
直線でも曲線でもなく、意図と偶然のあいだの速度。
女子フットサルの密度や視界の切替、呼吸のわずかなずれが沈んでいました。
五線譜のような水平の刻みは、試合の拍子を静かに刻んでいます。
走り出す一瞬、呼吸が合う一瞬、そのわずかな遅れが未来を変えていく。
画面に描かれた選手たちは匿名のシルエット。
個人ではなく、重なりあう時間そのものを“合奏”として描く選択でした。
芸術は、線で区切られた規範の内部で、身体が即興し、偶然を制御可能な形へと折り畳む実践だ。
作者・草間縄文さん(元・木村)のこの言葉が、三連画の構造を静かに照らしています。
左から規範、即興、継承。
ケージの横長の導線に合わせて、歩幅と同じ速さで並んでいました。
作品を“読む”というよりも、作品に合わせて
こちらの呼吸がゆっくり変わっていく。
そんな輪郭を宿した一枚でした。
この作品がつくった時間
NoMaps の会場、ケージの横を歩くと、まず耳に届くのはボールの音。
その少し奥で、三連の画面が歩く速度と同じリズムで視界に流れ込みます。
作品の前に立ち止まる人は、誰もが一度、目を細めて距離を測っていました。
金の線は光を受けて揺れ、墨の軌跡はざわめきを吸い込むように沈む。
ケージの中では子どもがボールを蹴り、大人が靴先でリズムをとる。
足音と画面の“五線の拍”が偶然重なる瞬間もありました。
選手が作品の前に立つと、匿名のシルエットと実際の身体の重さが
ほんのわずかに重なるように見えました。
作品は展示物として置かれたのではなく、場所の流れを受け取り、
観る人の足取りに合わせて静かに拍をずらしていくようでした。
そのずれはとても小さい。けれど、その小ささゆえに記憶に残る——
そんな時間がたしかに生まれていました。
なぜこの作品を“日常へ歩ませる”と決めたのか
23 点を前にしたとき、「選ぶ」という行為の重さと不確かさを痛感しました。
9 点に絞る判断は、“どれを落とすか”ではなく、
いまのクラブがどの問いと歩きたいのかを確かめる作業に近いものでした。
草間縄文さん(元・木村)の「線の対位法」は、その問いに静かに触れてくる作品のように感じます。
規範/即興/継承の三部構成は、クラブがここ数年で引き直してきた“線の歴史”と重なっていたように感じたのかもしれません。
選手の動き、地域との関係、クラブとしての選択——
そのどれもが、偶然を前提にしながら編まれていく線の集合体。
個人を際立たせるのではなく、合奏としての時間を主役に据える姿勢。
継承を重く扱いながら、そこに滞留しない即興の余白。
規範を拒まないまま、内側で線を引き直す意志。
それらは、これからも避けずに向き合うべきテーマでした。
だからこの作品を、展示の終わりではなく、日常へ歩ませることを決めました。
作品が次の場所へ移るとき、新しい拍が生まれる。
その小さな変化の積み重ねを、クラブの挑戦の一部として受け取りたい。
その思いが、判断の内側にありました。
終わりじゃない消費
作品を手に取る瞬間は終わりではありません。
静けさの先で、作品の線はもう一度小さく呼吸を始めます。
金の境界線は、日常では“自分がどこに立つか”を示す線になるかもしれない。
墨の軌跡は、その日の速度によって違う意味を帯びるかもしれない。
作品が日常へ入るとは、所有ではなく、
生活の拍や視界の切替と交わり、新しい即興を生むということ。
「買う=応援=創造」。
その循環は、誰かの生活の中で線がわずかに揺れるところから始まります。
展示で生まれた時間は終わらず、別のリズムとして続いていく。
その静かな持続こそ、クラブが大切にしたい挑戦の形です。
線は切れず、にじまず、その人の暮らしの速度に合わせて拍を変えていく。
そんな未来が、この作品にはたしかに残されているように思いました。
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作品名:線の対位法
作者名:草間縄文(元・木村)
芸術は、線で区切られた規範の内部で、身体が即興し、偶然を制御可能な形へと折り畳む実践だ。本作は横長の三連画。金のコート線はルール、墨のボール軌跡は創発、五線譜は戦術の拍。女子フットサルに固有の密度、連係、視界の切替と呼吸を、グリッドと書の衝突で可視化する。選手は匿名のシルエットに留め、個人よりも合奏としての時間、記憶、共同体の編み目を主役に据えた。左から規範、即興、継承の三章構成。観客のざわめきは微粒子として漂い、試合後の残響を画面に定着させる。ケージ展示の横長導線に最適化。