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未来へのシュート by クリプトン教授

日常のワンシーン

夜の帰り道、足元の影がふと軽くなる瞬間があります。
歩いているだけなのに、重さが抜け落ちて、
どこか遠くへ跳ねていくみたいな感覚が、ほんの一瞬だけ訪れることがあります。

何かを始める前の、深呼吸の前の、あのわずかな浮力。
それは大きな物語ではなく、名前もつかないまま
日常の片隅にそっと置かれている小さな“予兆”のようなものです。

作品を向き合う前に、この静かな予兆が
胸のどこかでゆっくりと広がっていきました。


作品の輪郭

宇宙の深い藍の中で、ひとつの動きだけが軽やかに浮かび上がっています。

スペクロくんの輪郭は、夜空の静けさに溶けることなく、
むしろその静けさを押し広げるように、前へと跳ねています。

描かれた惑星のボールは、ただの“球体”ではありません。
作者がコメントに込めた「北海道から未来へ」という意志が、
表情ではなく“軌道”のかたちで示されているように見えます。

背後には、旭川の山並みが薄く横たわり、
その上空には無数の星がぽつぽつと途切れながら散らばっています。
地域の風景と、果ての見えない空間が、無理なく隣り合っていることが印象的でした。

かわいさよりも先に伝わってくるのは、
「未来を難しくしない軽さ」
です。

この企画をきっかけに、クリプトン教授とのやり取りが少しだけ生まれました。
その気配は、作品の魅力を説明するだけでなく、
この絵がここにあることの静かな背景として
そっと息づいているように感じます。


この作品がつくった時間

展示会場に入ると、壁面の一角だけ、
空気が少しだけ軽くなっている場所がありました。
音や人の動きが途切れるわけではないのに、
その前だけは、急がなくていいような余白がひとつ置かれていました。

宇宙の深い色は、照明の反射でわずかに揺れ、
山並みの線は、来場者の影と何度も重なっては離れていきます。
作品自体が何かを主張するわけではなく、
ただ、そこに立つ人の呼吸の速度を少しだけ変えているようでした。

子どもたちは惑星ボールを見つけると、
なぜか言葉より先に身体が動いて、
“蹴る”しぐさを小さく繰り返していました。
大げさではなく、とても静かな反応でしたが、
その静けさこそ、この作品が生み出した時間の質のように思えました。

大人たちもまた足を止め、
宇宙と山並みが同じ紙面に並んでいることを
不思議がるでもなく、自然に受け入れているようでした。
遠さと近さがひとつの絵に収まっているせいか、
場の空気になじむのがとても早い作品でした。

作品が会場の中心になるわけではなく、
ただ、空気の中に小さな“軽さ”がひとつ加わる。
気づく人もいれば、気づかず通り過ぎる人もいる。
そのささやかさが、この作品がつくった時間だったように思います。


なぜこの作品を日常へ歩ませると決めたのか

23点から9点へ──。
選ぶ、という行為には、どうしても小さな痛みが伴います。
作品の良し悪しではなく、
どの問いに、どの時間に、どの風の向きに寄り添うのか、
その判断だけが静かに積み重ねられていきました。

そのなかで『未来へのシュート』は、
特別に目立つ存在だったわけではありません。
むしろ、会場の余白に自然と溶け込み、
流れを乱さずにそこに留まる種類の作品でした。

けれど、最後まで候補を並べて向き合ったとき、
この絵には“軽さ”だけではない何かが残っていました。
未来を大きく語らず、
過去を背負わせるわけでもない。
ただ、今の延長線に静かに続いていく時間を
そのままの温度で描いているように見えたのです。

多くの線が交わり、
次の誰かへと受け渡されていく仕組みを
クラブとして大切にしていくと決めた今、
この作品が持つ“未来を難しくしない姿勢”は、
そっと寄り添うように判断の中心に残りました。

作品を日常へ歩ませるとは、
その温度を、クラブの時間にも流し込むということ。
繰り返し、23点すべての作品が素晴らしいことは言うまでもなく、
本当に感謝の気持ちしかありません。


終わりじゃない消費

作品が日常に入るとき、
そこで生まれるのは「所有」ではなく、
ひとつの小さな“流れ”だと思っています。

見える場所に置く人もいれば、
そっと畳んでしまっておく人もいる。
どんな扱われ方であっても、
作品はその人の時間に触れ、
ゆっくりと別のかたちへ変わっていきます。

『未来へのシュート』の軽やかさは、
未来を大げさに語らないぶん、
日常のどこに置いてもしずかに馴染んでいくように思います。

“買う”ことは終わりではなく、
クラブの挑戦を、作品を生み出した作者へ、
そして次の表現へと循環させるための
ひとつの参加のしかたです。

作品が日常へ歩き出すという小さな動きが、
地域やクラブにとっての次の挑戦の土台になっていく。
その積み重ねが、静かだけれど確かな息づかいとして
未来へ続いていくのだと思います。


作品名:未来へのシュート
作者名:クリプトン教授

本作は「交差し、適応し、継承する」というテーマのもと、スポーツと地域、そして未来をつなぐ姿を表現しました。スペクロくんは宇宙を背景に旭川の自然とともに描かれ、地球を模した惑星ボールを蹴り出すことで、「北海道から未来へ」という希望を込めています。背景に広がる山並みと星空は、地域に根差しながらも無限の可能性へ飛び立つ姿を象徴しています。スポーツの一瞬の躍動がアートとなり、やがて地域の営みや文化へと受け継がれていくという意味を込めました。