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まだ“見せられない”(2025年7月14日発行)

いま、ヴォルフェ北海道は、選手の情報をほとんど外に出していません。

意図的に、そうしています。

この判断について、いま考えていることを、記録として残しておこうと思います。


本音では、出したい

正直に言えば、選手をクラブの「顔」として紹介したい気持ちはあります。

それは、スポーツクラブとしては、とても自然で、まっとうなやり方です。

顔が見えれば、関係は生まれやすい。誰が、どんな思いで、どんなプレーをしているのか。

競技力の高低に関係なく、そうした情報は、クラブと応援する人をつなぐ橋になります。

その力を、僕自身が信じているからこそ、使えるなら使いたいと思ってしまう。

それでも、いまの僕たちは「まだやらない」と決めています。

自分の中にあるこの矛盾から、目をそらしたくありませんでした。


「出してもいい」という言葉の前で

選手の中には、「情報を出しても大丈夫です」と言ってくれる人もいます。

ありがたいし、信頼を向けてもらえていると感じる言葉です。

それでも、その言葉を、そのまま「発信の合意」として受け取っていいのか。僕は、少し立ち止まってしまいます。

なぜなら、クラブと選手の関係性は、まだ完全には立ち上がりきっていないからです。

発信とは、単なる情報の話ではありません。

「どこまでが内側で、どこからが外側なのか」。共同体の輪郭を、外に示す行為だと思っています。

その境界を、いまはまだ、探っている途中です。


「届けたい」という衝動

日々の活動の中で、「この瞬間、届けたいな」と思うことはあります。

光の入り方。
汗のにじみ方。
真剣なまなざし。

「ああ、これがヴォルフェなんだ」と感じる瞬間。

でも、その「届けたい」は、誰のための気持ちなのか。

支援してくれる人のためなのか。クラブのためなのか。それとも、自分自身の承認欲求なのか。

そこを言葉にできないうちは、まだ発信してはいけない気がしています。


少しずつ、開き始めている

それでも、選手との関係は、少しずつ変わってきています。

練習を重ねるなかで、共有される時間の密度が変わり、チームとしての空気が育ち始めている。

同時に、壊れかける兆しや、不安定さも、はっきり見えるようになってきました。

いま僕たちは、「発信とは何か」という問いに、新しい定義を与えようとしています。

それは、選手を“見せる”ことではなく、“ともにつくる”こととしての発信。

時間は、きっとかかります。

でも、その時間のかけ方そのものが、クラブの信頼になるのではないかと、いまは信じてみようとしています。


この判断を、正解にしていく

この判断が正しかったかどうかは、まだ分かりません。

ただ、矛盾を抱えたままでも、問い続けていいと思えるようになりました。

それは、このクラブを支え、ともに歩いてくれる人の存在があるからです。

「まだ見せられない」という判断を、あとから振り返ったとき、意味のある選択だったと言えるように。

いまは、その途中を、丁寧に歩いていこうと思います。


※本稿は、WOELFE PACK(月額1,000円〜)向けに配信した記録を、公式サイト掲載用として再編集したものです